大野明子先生講演会「いのちを産む」講演録(3/3)

  <――  質問に答えて ――> 

 なかなかお答えにくい質問をいただいてしまいました。
 「初めての妊娠で、帝王切開になってしまったお母さんたちが多くいます。」
 そうですよね。東京都では、東京都の分娩統計って言うのがありまして、10万例ぐらいのお産をまとめたものなんですが、赤ちゃんが1人で前回が帝王切開じゃなくて、骨盤位じゃないお産の帝王切開率が、2000年に21パーセントです。今日もうちで1人目のお産をお世話して、富山に行かれた方で、2人目3人目が双子で下から産めたという方が来てくださってますけど、赤ちゃんが2人いると、双子っていうのは下から産めるんですけど、やはり1人のお産よりかなりリスクが高いので、初産の双子なんて帝王切開している人がすごく多いんじゃないかと思うんですね。ですから、双子以上はたいてい帝王切開になってるんですよね、今は。それから、逆子もですね、3年ぐらい前から、逆子の骨盤位の経膣分娩で結果が悪いと、訴訟でまったく勝てないので、骨盤位という理由だけでどんどん帝王切開が増えていて、骨盤位で下からのお産でやってくれる施設は非常に少なくなっていると思います。それから、前回帝王切開はですね、VBACといって、Vaginal Birth After Cesarianのことで、帝王切開の次のお産を下から産むことなんですけど、それをやってくれる施設はどんどん減っていると思います。一回帝王切開をすると、何が危ないかって言うと、いわゆる横切開という子宮下部を普通に切った帝王切開の場合でも、次のお産で子宮が破れることがあります。また縦に切るとそのとき子宮の筋層が断裂しているので、まず破裂するんです。ですから前回の帝王切開で縦に切るとVBACをやってもらえないんですけれど。縦に切るときというのは、週数が早い25週くらいの帝王切開です。一番悲惨な例は、23週くらいでやむを得ず帝王切開した、うまく出ないから縦に切った。子どもは蘇生したけど助からなかったと。子どもは亡くなったのに帝王切開のあとだけ残ったって言う悲劇も実はあるんです。
 普通に満期の横切開というのは、VBACをやってもいいのですが、大体200回に一回ぐらい子宮が破裂するってことになっています。前回帝王切開は、そこにメスが入っているので、縫い方がいい悪いじゃなくって、同じように縫うんだけど、きれいにつく人とつきにくい人があるんですね。縫い方が悪いときもあるかもしれないし、そこにばい菌がついちゃったかもしれないし、いろいろ理由があって、前回おなかを切ってしまうと次のお産のときに200分の1くらいは子宮が破裂します。それは、おそらく陣痛促進剤なんかをやむをえず使うともう少し確率が増えるかもしれないけれども、そういうことになります。200分の1くらい、低いじゃないか。とお思いになると思いますけど、確かに200分の1って低いですけど、子宮破裂になってしまうと、赤ちゃんがお産前に子宮が破れておなかの中に飛び出すので、そうすると赤ちゃんはお母さんから完全に酸素をもらっているので、5分間脳に酸素がいかないと、不可逆的な変化が起こるわけです。いのちが助からないか、いのちが助かっても、普通にしゃべったり、歩いたりできない子どもになってしまうので、子宮破裂になってしまってから、5分以内に子どもを出すって言うことはかなり大変なことなんですよ。そこから、麻酔をかけたりとか、5分というのは一瞬ですから、破裂してしまうと赤ちゃんの救命というのは、きわめて厳しくなってしまい、それだけじゃなくて、破裂した子宮の切れたところからジャーって大出血するので、お母さんの救命も、お母さん助かったら御の字ってくらい大変です。ですので、そのVBACをやるためには、最低でも一番長くても30分以内に赤ちゃんを出せること。つまり、24時間産婦人科医が2人いて、麻酔科医もそういうことになってから呼ぶと、家から来ると、寝てたりしたら絶対30分くらいかかってしまうので、麻酔科医も院内にいて、それから、赤ちゃんの状態も悪いかもしれないから、新生児科医も院内にいるということになると、そんなことのできる施設っていうのは、めったにないです。今、ひとつの病院に産科医が2人か3人しかいなくて、ぜいぜい言いながらやっているような状況では非常に困難です。ダブルセットアップといって、いつでも30分以内に帝王切開できるという状況でお産をやるという条件を作ることそのものがすごい難しいわけです。
 それが、たとえば10月の21日予定日です。10月21日の正常に行けば午後3時に産みますから、すみません休みの日ですけどスタンバイしてください。というなら、その日だけスタンバイすればいいですけど、お産というのは妊娠37週0日から41週6日まで5週間ですよね。全部満期で正常産ですから、それはすごく大変なことで、そういうことに安全確保をして、お産をやるというのはきわめて大変なので、それに比べて、じゃあすみません38週になったら切りましょう。といって38週になって予定帝王切開することは、簡単なことですから、どうしてもそういうふうになるわけですね。なので、質問用紙に
 「2人目も帝王切開でという現実に、お母さんたちがどうしようもない悲しみを抱きます」
 そうだと思います。ただし、VBACの態勢を作るということはとても難しいです。岐阜県でVBACできるところはあるでしょうか。長良医療センターはどうでしょうか。個人のところで、ドクターが2・3人いて、自分たちで麻酔をかけてできるところはできるかもしれないですけど、そういうところは逆にリスクを冒さないと思うので、やはりなかなか難しいですよね。
 この質問用紙で、
 「明日香医院のお産とは対極のお産で、そういうお母さんたちに大野先生からメッセージをいただきたいのですが」とありますが、大変難しい質問です・・。
 やっぱり帝王切開でも子どもが無事でお母さんも無事でよかったと言うことに感謝して、受け容れる、ということなんじゃないかと私は思います。覆水盆に返らずで、やはりおなかを切ったらそれは元には戻らないんですけど、だからもし何かあるとしたら、やはり初めてのお産はすごく大事だから、とにかく下から産めるようにしましょう、ということで、私たちのところは確かに経膣率98パーセントですけど、産婦さんに言っているのは、「1日3時間歩いてください。」と言っています。そう言うと、「エーッ!」って言ったり、「できませーん。」と言ったり、「何で3時間なんですか?」なんて理屈をこねる人がいますが、そんなのはどうでもよくって、とにかくそれだけやるとほとんどの人は産めます。それだけやっていただくということを、やはり次の世代に伝えてほしい。そうできなかった人の、その悲しみを伝えてほしいと思います。
 このままいくと、人手不足を理由にたぶん帝王切開が、どんどんもっとうなぎのぼりに増えます。私が、産科医になった15年間でも、なにか異常がとても増えている気がします。「どうして産めないの?」と言うことがしばしばあって、人の遺伝子がそんなに簡単に変わるとは思えないので、そんなに難産が簡単に増えるとは思いませんが、やはり生活がこれだけ自然から離れているのに、お産だけ自然に、というのはやっぱり無理なんです。「お産だけ自然に」というのはないものねだりですから、自然に生活を、心地よく人間らしく、生き物らしいものにしていただいて、ぜひ初めてのお産を大事に下から産んでいただく、ということを取り戻していく以外にないんじゃないかなあと思います。そうできなかった人たちの、その悲しみを伝えていただけたらなあと私は思います。
 お答えになってなかったら申し訳ないんですけど・・
 私たちのところも、前回帝王切開の方をお受けしていないので、本当に申し訳ないと思うけど、やっぱり現実的に安全を確保できませんので。やはり、それで、お母さんに死んでもらうってわけに行きませんから。
 ただ、一回帝王切開だったら、次もおなか切って産めばそれでいいのか、というとそれはそうでもすまないというのが、昨年の3月に福島県で産婦人科のお医者さんが逮捕された事件がありました。新聞も書いたりしているのでご存知かもしれませんけど、あれは、福島県の浜通りという、そんなに福島県医大から遠いわけじゃないんですが、山越えで3時間みたいな、そんなところにある大野病院に、1人で勤務されているドクターがいました。大野病院は年間200人ぐらい生まれていましたので、年間200人をひとりでやっていたわけです。月に1回週末大学から当直に来てくれる以外は、いっさい町から出ず、やっておられました。帝王切開時の母体死亡だったわけですが、どういう症例だったかというと、前回の帝王切開をほかの病院でやっていて次の出産だったんです。前回帝王切開をするとね、そこの切ったところが破れるだけじゃなくて、いろいろ怖いことになります。前置胎盤って病気があって、子宮の出口に胎盤があるんですよ。この間、秋篠宮妃が3人目で前置胎盤だったので、これも知られるようになりましたが、赤ちゃんの頭より下に胎盤がありますから、自然分娩の場合、赤ちゃんは生きては出てこれないんです。ジャージャージャージャー胎盤から出血しますので。江戸時代は前置胎盤で、お母さんも子どもも100パーセント死んだと思います。そういう病気なので、その症例も前置胎盤でした。それから、子宮に胎盤がくっついてはがれないってことがあって、はがそうとするとそこからジャージャージャージャー出血するのを癒着胎盤って言うんですけど、本当はすごーくまれで、1万分の1とか結構まれなんですけど、前置胎盤だとこの確率が増えるんです。それから、前回帝王切開するともっと増えて、その症例は前置胎盤の癒着胎盤でした。ただ、その帝王切開された先生は、事前の検査から、たぶん癒着していないだろうと思われてやられてですね、実際やってみたら癒着胎盤で、何とか胎盤をはがして、子宮を取ったんですが、そのときには5リットルくらい出血していて、何せそういうとこですから、輸血用の血液をとりよせるのに1時間半位かかってですね、最初は輸血は用意していたんだけど、足りなくなって、追加がなかなか届かなくて、追加の輸血をして、子宮を全摘しておなかを閉めたんだけど、お母さんは不整脈が起きて亡くなってしまった。と、そういう事件なんですけど、今その事件が刑事裁判になってますからその行く末はともかく、私が思うことは、その人も前回帝王切開を別の病院でやっているんですけど、一番知りたいのは、何で帝王切開したんだろうっていう理由でね。それが、やむをえない理由だったら、しょうがないですけど、それがもし避けられた帝王切開で、もし前回のお産が下から生まれていたら、たぶん前置胎盤じゃなかった確率はとても高いし、癒着胎盤になってなかった可能性もとても高く、したがって普通に生まれて、死なずにすんだ可能性がとても高いわけです。帝王切開をして産めばそれですむってもんじゃなくて、帝王切開をするとやっぱりそれは元には戻らないので、次は切ってもやっぱり普通の帝王切開よりうんとリスクは高い。やっぱり、ひとつの介入は次の介入を呼ぶってことなので、おなかを切ってもらえるからいいや、って、どんなにしててもいいやって、最後はおなか切って産めばいい、なんて思っていると、とっても危ない。ということを知ってほしいなあと思います。
 
 もうひとつの質問で、「産科医をされていて、今までに一番感動されたことは何ですか?」
 これもなかなか難しくて、お産は心配じゃないときはいつも楽しいのです。いかにこの仕事が楽しいかというのは、開業して初めてわかりました。勤務医のときにも、外来で私のところにいらっしゃって、たまたま私がお産の場にいた、というお産はもちろんありましたけれども、こうやって開業しますと、私1人しかいないので、全部私が健診を診ていて、もちろん助産師もいてくれてますが、全部私たちが診ていて、お産も全部私たちが診ている。勤務医時代が、行きずりのお産だとすると、今度は行きずりじゃないお産です。それがすごーく楽しいなあと思っていたところ、開業してさらにわかったことは、次のお産で戻ってきてくださることが、こんなに嬉しいのかと思いました。退院されるときに、また産みたいといってお帰りになって、また戻ってきてくださって、また2人目を産んで、っていうことをやっているうちに、開業して今年で10年目ですけど、うちで4人産んだ人が4人いて、中には男の子4人とか、ちょっとなかなかすごいですけど、そういうことは本当に嬉しいですね。お産というのはすごくプライベートなことなので、そういうプライベートな時間を共有するパートナーとして、私たちがいい、と選らんでもらえるということは、本当に嬉しいことで、楽しいことで、それが一番幸せなことだと私は思います。「また産みたい。」と言ってもらえることが何より嬉しいです。

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