親子運動会のアンケートの協力ありがとうございました。

 今回の運動会でも保護者の方たちのビデオ・カメラが話題になりました。親子運動会なのに参加するより、カメラ・ビデオを持つ人が多い。運動会全体を見ようとせず、自分の子どもだけを撮ろうとする親の姿など・・・。
 今年の3月、全障研(全国障害者問題研究会)の白石先生がくさぶえ保育園に来てくださった時の振り返りの会での、先生の言葉を引用しました。運動会・卒園式のカメラ・ビデオについては毎年話題になります。お父さんとお母さんでも感じ方の違いはあるのが当然です。でも以下白石先生への質問から、答えてくださったメッセージを読んで、夫婦の会話をしてほしいなあ・・・、と思っています。そして是非、議論をしましょう。自分たちの子育て観について。
 
 
*「子どもの問題点を肯定的に捉える」と言われたが、自分の子どもだから余計そう見れないこともある。どうやって肯定的に見ていけばいいか。

 親がわが子を肯定できないっていうのは、ある意味当たり前でしょう。わが子なんだから。人の子じゃないし。それを自分でクエスチョンする必要もないです。それは前提としてわが子をみておいたらいいと思う。それでも、わが子を肯定できるようになっていくにはどうしたらいいかなっていうことだと思うんですけど、私はやっぱり子どもを見る目、わが子を見る目もそうだし、子どもが自分自身を見る目もそうなんですけど、社会のなかで作られていくので、広い人間関係のなかで、わが子として認められないことでも、他の人が認めてくれるのよね。そういうつながりが作られていかねければいけないんじゃないかな。それは、保育士の方が認めてくれるし、地域の人が認めてくれるし。保育って言うのは、そういうことなんでね。幼児期のやわらかい雰囲気、人間関係のなかでできるいい場所だと思いますが、ましてや学校に行ってそういうことができるかどうか。でも認められるようにならないといけないと思います。教育の場もね。

 今日本の社会は、この園ではどうしているか知りませんけれど、私はこれも、それを前提にすべきとは思ってないんですけど、今の大学一年生くらいから、発表会のときや運動会のときに親がビデオを持ってきてくれて、撮ってくれたという人達が増えてきているんです。振り返ってみると、ソニーが8ミリビデオを売り出している時期です。当時は高かったものが、今は安いお店に行けば、ちょっと頑張れば買えるようなものになってしまったので、おそらくビデオを持ってくる家が増えたんだろうとなと思います。発表会でも運動会でも拍手の量が減って困るというのが、最近の保育士さんの感想です。カメラを持っているので手をたたいてくれない。僕はそれも大きな問題だと思うんですけど、あれを例えば子どもが撮ってもらって、家に帰って見せてもらうわけです。親は子どものためを思って撮っていると思いますから、子どもも自分が映っている姿を見て嬉しいと思うんです。きっとお父さんもお母さんもほめてくれるやろうから。でも、余分な一言が入っている可能性もある。「何で最後までがんばりきれへんかったんかなぁ」「あんなにお風呂の中で練習したのに一つとちったね」とか。まぁ言わないまでも、子どもがああいうふうに見つめられているというのは、子どもの心からしてどうなんでしょうね。しかも、ビデオにはズームがついてて、発表会の壇上か、運動会の会場か、親は周りを撮りつつもわが子にズームアップしますから子どもはそういうふうにズームアップされている自分を映像に中に確認をしている。あれは精神的には、子どもはそうは気づいていないでしょうけど辛いと思います。そういうふうに大人から見つめられているんだっていうことだからね。ビデオだけでなくてね、大人からそういう見つめられ方をされてることに対して、日本の子ども達はだんだん過敏になっていってる。

 それは大学生の変化でわかります。教員の顔色をずいぶん見るようになりました、最近。そんなに大人の顔色をみないでもらいたい。評価を気にしているんだなと思うしね。小学校の先生はどうかわかりませんが、われわれも国語教育を大学生にしっかりしなきゃいけないご時勢です。すごく学力的にきびしい・・。赤を入れて返すんですけど、レポートにね、非常に嫌な顔をします。少しでも朱が入っている、直されているレポートを・・・、自分のためを思って赤を入れてるんだってことをよっぽど言っておかないとね、自分がそういうふうに評価されていること、見つめられていることに対する抵抗が強いんだと思う。そういう中で育ってきたんだろうなぁ。ああいうふうにズームアップすることが平気で行われている社会の現実と言うのは、実は頑張っているのはわが子だけではなくて、まわりも、他の家の子ども達も同じように頑張っているんで、わが子だけが失敗したんじゃなくて、他の子も失敗している、っていうつながりのなかで、親も見なければいけないし、子ども自身も頑張ったのは僕だけじゃない、みんなで力を合わせて頑張ったんだと、失敗したのは僕だけじゃないんだっていうようなことをね、こう・・自分の血肉にしていかないといけない。そういう横のつながりが失われていってる社会が、ああいうビデオカメラに象徴されているように思います。

 私は子育てもやっぱり、そういう横のつながりのなかで行われていくべきであって、わが子を見つめるだけじゃなくて同じように他の子も見つめて、悪いところもきちんと伝えてみんなで力を合わせて育てていくと言うことが、やっぱりわが子を肯定できる子育ての土台じゃないかと思うんです。人間関係がスパッと切られてしまっている。だからそれぞれがわが子と向き合いながら、心配で認められなくて苦しんでいる。みんな同じように子どもも親も苦労しながら育ててるんだって、それを認められることが前提だと思う。

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